マシュー・マクファディンを中心に : I Love, I Love, I Love You

イギリス人俳優マシュー・マクファディン(Matthew Macfadyen)周辺などに関する備忘録。
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マシュー・マクファディン45歳の誕生日~44歳のマシューを勝手に振り返る~

2019年10月17日はマシュー・マクファディン45歳の誕生日。

44歳のマシューは、HBOドラマ"Succiession"(邦題:キング・オブ・メディア(スターチャンネル)/
メディア王~華麗なる一族~(レンタルDVD)/サクセッション(アマゾンプライムビデオ))の
シーズン2の撮影を半年ほどかけて行い、その間に映画"Assistant"にカメオ出演、
"Succession"シーズン2を取り終えたあと、久々のイギリス作品、というか、
正確に言うと英米共同制作のITV/AMCドラマ"Quiz"の撮影をしていたようです。

まずは"Succiession"。
マシューはもちろんシーズン1に続き、トム・ワムズガンズ役を演じています。

シーズン1は序盤は評価が別れていたものの、
終盤にはすっかり主に批評家やドラマをよく見る層から大変な評価を受けるようになり、
そのシーズン2はまた、最初から最後まで大変な高評価を受けているようです。

マシューのトムの演技もやはり今シーズンも大変に評価されていて、
2019年11月15日からのスターチャンネルさんでの放送が待ちきれません。

"Succession"シーズン2シリーズティーザートレーラー
Succession: Season 2 | Official Teaser Trailer | HBO


"Assistant"は"Succession"シーズン2の撮影の合間に撮ったようで、
上に書いたように、出番は一瞬のみのカメオ出演のようです。
主人公の勤める会社の人事部門の責任者??か何かの役のようです。

アメリカでは一応レビューが出ていたので、
どこかで上映があったのか…よくわかりませんが、
個人的には苦手な題材というか、進んでは見る感じのものではないので、
日本に来ても見に行くかなぁ、というか…。

日本に来れば、といえば、撮影したのは43歳の頃だったと思いますが、
資産家ジョン・ピアモント・モルガンを演じた"The Current War"が日本に来る…のでしょうかね。

ひとまず、来月頭にUK版のBD/DVDが出るようなので、購入しようと思っています。
まあ、こちらもマシュー演じるJ.P.モルガンの出番はどのくらいかわからないのですが…。

The Current War Trailer (2019) l Available on Blu-Ray, DVD and Digital Download 18th November


"Quiz"では、実在の有名クイズ番組で不正を行った回答者、チャールズ・イングラムを演じました
(おそらく、もう撮影は終わっているのではと思いますが、詳しいことは不明です)。

事実に基づいた作品ですが、今回のドラマのオリジナルは舞台作品で、
スクリプトを読みましたが、「舞台」という感じの流れだったので、どういうふうに映像化するのか、
また、マシューがチャールズをどう演じるのかとっても楽しみです。

舞台版スクリプト


ちなみに、まだキャストアナウンスメントの際に出た画像のみで、
トレーラーなどは出てきていないかと思いますが、本物の番組の映像が、
番組公式アカウントによって、Youtube上で公開されていました。

The Man Who Cheated Millionaire - Who Wants To Be A Millionaire?


というわけで、またどんな演技を見せてくれるのかといろいろ楽しみですが、
最近ちょっと情けない役?が続いているので
(まあ、トムもチャールズも一言でそうとは言い切れない感じではありますが)、
またちょっとかっこいいところもある役も見てみたい、とか、
わがままなことも思ってしまいます(笑)

45歳発のお仕事はどうでしょう、"Quiz"の撮影がもう終わっていれば、
次は"Succession"シーズン3まではないのでしょうか。

…にしても、本当にそろそろまた舞台に立ってほしいのですが、
キーリーも忙しそうですし、"Succession"シーズン3の撮影が終わるまでお預けでしょうか?
いずれにしても、46歳になるまでには是非是非お願いしたいところです。

そんなわけで、45歳のお誕生日、おめでとう、マシュー!

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その5 ~DSさん亡き後、そしてその子孫(の超一部)~

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」のフィリップ役をきっかけに
だいぶ後発でマシュー・マクファディンのファンになってから約8年。
2019年4月末頃に今更ながら2001年5月7日付の"Perfect Strangers"関連のインタビューを読み、
マシューのお母さん方の曾祖父さん、デイヴィッド・サミュエル・オーウェン(David Samuel Owen)さん、
通称DSオーウェン(D.S. Owen)さんの存在を知り、個人的に気になる存在だったので、
ちょっと色々と調べてみたくなり、ドツボにはまっている現在です…。

ということで、今までの流れ?は、以下のエントリに書いたとおり。

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その2 ~ご先祖様の探し方~

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その3 ~牧師さんになるまで~

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その4 ~牧師生活、そしてマシューとつながった!~

そんなわけで、DSさん関連中心に現時点でも諸々調査中なわけですが、
ひとまずは、今までの調査の段階で、DSさんが亡くなられたあとのことや、
DSさん以外のご家族、主に超一部の子孫についてわかってきたことは以下。

【DSさんを偲んで】
DSさんが亡くなられた後、1959年3月31日と4月12日に追悼礼拝が行われたようです。




DSさんは、1961年のJewinの完成を見ることなく亡くなってしまったわけですが、
あとに残された方々は、DSさんの尽力があったからこそ、
再びJewinに集まることができることを知っていたわけで、
教会にDSさんを追悼するステンドグラスが作られ、1962年3月11日に
除幕式が行われたようです。



DSさんに関する最初のエントリで、そのステンドグラスを見てみたい、と書きましたが、
Jewinのサイトや、FBアカウントに写真が掲載されていました。



【再建後のJewin閉鎖の危機と存続】
1940年のロンドン大空襲により破壊され、
他の場所での再建や他の教会への吸収合併などの話が出たりしたものの、
DSさんを中心とした関係者の尽力により元あった場所に再建されたJewin。

しかし、時代とともに、ウェールズ長老会派の信者数自体が減り、
DSさんの後任であるElfed G. Williamsさんの退任後にはJewinのメンバー数も激減したとのこと。

そして、またJewinは閉鎖の危機を迎えます。
教会は会員からの寄付なども大きな財源になっているのが、
メンバーが減り、存続が難しいと判断され、またBarbicanという一等地にあることもあり、
建物を売ってしまおうという話が出たようです。

2013年、その状況に危機感を覚え、立ち上がった人こそが、
自身もJewinのメンバーであり、有名なBBCのニュースキャスターでもある
ヒュー・エドワーズ(Huw Edwards)さんです。

Huw Edwards leads campaign to save Jewin Presbyterian Church - BBC(動画あり)

前のエントリで言及した"Cows, Cardis and Cockneys"にも書いてありましたが、
Jewinは在ロンドンのウェールズ人がウェールズ語を話し、ウェールズの文化に
触れることができる貴重な場を提供してきました。

エドワーズさんは、この場所がなくなるということは、彼らからその機会を奪うことであり、
"London Welsh"の文化が衰退することを意味する、おっしゃっています。

そして、今度は彼を中心とした人々の尽力おかげで、
再度Jewinは救われ、現在もその姿を残し、
また、人々にウェールズ語での祈りの場を提供しています。

そして、少なくともこのJewinが存続する限りは、
DSさんの存在もまた語りづがれていくことになるのだと思います。

このような流れがあったために最初のエントリに書いた番組が作られることになり、
エドワーズさんが"City Mission"を執筆されることにもなったようです。

なお、Jewinの専任牧師はElfed G. Williamsさんが最後で、
現在は地域の牧師さんたちが交代で礼拝を行っているようです。

【DSさんの子孫たち その1】
調査の過程でDSさんの子孫たちのうち、
2つの家族(のまた一部)についてなんとなくわかってきました。

まず、DSさんの次女と思われる方の家系。

DSさんの次女と思われる方の息子さんは、
"City Mission"で、DSさんについて証言をされていた方で、
Jewinの長老をされているよう(現在もご健在かは今のところ不明)です。

そして、DSさんの次女と思われる方の娘さんは、Mair Barnesさんという、
Woolworthsやその他企業の重役などを務めていた方で、
彼女の存在は、DSさんのことを調べ始めたかなり最初に知りました。
というのも、DSさんのお名前でググると、
"Women With Attitude: Lessons for Career Management"という本の中の彼女に関する記述の中で、
彼女のお祖父さん、DSさんのことに言及しているものに当たるからです。

Bank, J. and Vinnicombe, S. "Women With Attitude: Lessons for Career Management" Routledge, 2002

彼女は、DSさんの母校でもあるバンガー大学で聖書学の学位を取得されているようです。

ちなみに、私が好きな衣料品メーカー、GANT UK
(元々は北欧の会社ですが、UKのラインナップが好き)の重役?も
されていたことがあるようで、ちょっと縁を感じたり感じなかったり…(笑)

で、ロンドン北部で生まれ育ったこの兄妹は、DSさんともよく会っていた、というより、
ほぼ一緒に暮らしていたようなもの?という感じで、DSさんの奥様が亡くなられたのも、
このお二人のお母さんである、次女さんのお宅…というか、
このお二人も暮らしていた、次女さん一家のお宅のようでした
(DSさんの奥さんもDSさんも死亡の届け出は長女さんの旦那さんでしたが)。

【DSさんの子孫たち その2】
もう1つの家族は、もちろんDSさんの長男さんの家族、マシューへと続く家系です。

長男さんはロンドンで生まれ、その後どういった教育を受けて育ったのかは今の所調べがついていませんが、
1939年には、機関車(鉄道車両)の製図工として、チェシャーの鉄道会社のある街で働いていました。

その後、私がDSさんを知るきっかけとなったマシューのインタビューで
マシューがその話をすることになったきっかけであるサプライズパーティの主役、
中部ウェールズ出身のマシューのお祖母さんと結婚し、長女さんは上記の町で誕生しています。

その後ウェールズ南部の町に引っ越し、そこでマシューのお母さんと三女さん(おそらく三姉妹)が誕生、
そして、今度はイングランド中部の街に一家で引っ越し、その後はずっとその付近で暮らしていたようです。

で、その街こそ、マシューのお父さんの生まれ故郷であり、
お父さん方のお祖父さんお祖母さんが結婚されて以降亡くなるまでお住まいだったあたり、
つまり、オーカムからわりと近いと言っていたところで、
ご両親の両方のご両親たちがお住まいだったのか!と、色々と納得しました(笑)

別にお父さん方だけでもおかしくはないのですが、
お祖父さんはマシューがオーカムに入って割とすぐに亡くなられているし、
演劇関連はお母さん方の方だし、と思っていたのもあったので…。

マシュー自身はもちろんですが、何となく今までのマシューのインタビューを読んできた限り、
宗教関連の香りがしないご家族なイメージだったので、DSさんの存在を知ってびっくりしていたのですが、
牧師さんの息子さん(長男)が、宗教から離れた生活をする、というのは、
わりとふつうのことなのかそうでないのかもわからず、
成人してからはあまり交流がなかったりだったのかな、
結婚に反対されてたとか…とか勝手に妄想していたのですが(笑)

取り寄せた書類を確認したところ、
マシューのお祖父さんとお祖母さんの結婚式は北ウェールズ
(おそらく当時お祖母さんがお住まいだった近く?)で行われたようですが、
その式は、まあ、もちろんDSさんが執りしきっておられました。

そして、お祖母さんのお父さん、マシューのもうひとりの曾祖父さんの職業欄を見ると、
DSさんと同じく「牧師」と書かれていました。そして、「故人」とも。

で、そのマシューのお祖母さんのお父さんのお名前で新聞記事を検索してみると、
もしかしたら、DSさんと大学で同期生だったかもしれない可能性が出てきました。
まだちゃんとは調べられていないのですが…。

おそらく、DSさんより少し年上の方で、神学校は別のところに行かれたようですが、
マシューのお母さん方の曾祖父さん同士はお友達だったりしたのかな?と。

そして、もしかすると、結構早くに亡くなられているかもしれない感じなので、
DSさんが残されていたご家族に対して援助までは行かなくとも、気にかけたりしておられた可能性もあるな、
なんて、妄想の範囲を超えませんが、考えてしまいました。

マシューが最近のインタビューで、"Succession"はとにかく汚いセリフが多いので、
祖父母がもしこれを見たら…というような話をしていたような気がするのですが、
もちろん年代的にもですが、牧師さんのお子さんたちだったらなおさらだよなあ、とそこも妙に納得…(笑)

で、DSさんの長男さんの次女さん、マシューのお母さんは、
彼女が育ったであろう街で生まれ育ったスコットランド系のエンジニア、
マシューのお父さんと結婚するわけですが、このお二人がご結婚されたのはロンドン。

もちろん、当時お二人はロンドンにお住まいだったようですが、
その結婚式を挙げた教会の名前を書類で確認して、思わず嬉しくなってしまいました。

そう、その教会とは、Jewinであり、結婚式を取り仕切ったのはDSさんの後任であり、
最後のJewinの専任牧師であるElfed G. Williamsさんだったからです。

つまり、少なくとも親の代までは、DSさんやJewinとつながりがあったのだな、と。

マシューのお父さんはスコットランド系だったのに良かったのかな、と思いましたが、
そういえばスコットランドの主な宗教は長老派だったことを思い出しました。

で、その二人の息子であるマシューは、自身の言葉によれば、ウェールズ語を話すことができません。

マシューのお父さんはスコットランド系で、イングランドで生まれ育ち、
息子のマシューもイングランド生まれ、一時スコットランドにもいたようですが、
両親、弟さんとともにインドネシアで過ごしたあと、家族と離れ
(上にも書いたとおり、両方の祖父母さんたちがわりと近くの街にはいましたが)
イングランドにある、イングランド国教会系の私立学校の寄宿舎に入り教育を受けていたわけです。

現在の彼の状況を考えても、ウェールズ(そしてスコットランド)の文化、そして教会や宗教とは
疎遠になっているのではと想像できます(実際はどうだかわかりませんが)。

でも、今まで書いてきたことからも、このあとに書くことからも、
DSさんから受け継いでいるものというのは、確かにあるんだろうな、と。

【演劇の血】
DSさんに関する最初のエントリや、他のマシューのインタビューに関するエントリにも書きましたが、
マシューは俳優になったきっかけを聞かれた際などに、
お母さん方のお祖父さんがエンジニアだったけれども、アマチュアの劇団の演出をしていたこと、
そして、お母さんが演劇の先生をしていたことに言及してきました。

そして今回DSさんの存在を知り、DSさんについて調べていたら、お祖父さんのお父さんであるDSさんも
話題になった学校演劇で主演を務め、また、牧師になったあとも元々の得意分野である朗唱のほか、
演劇などに力を入れていたことがわかってきました。

DSさんが主演した学校演劇に関する、貴重と思われる資料は、先日無事に入手しました。

2019083101.jpg
あれ、Caractacusではなくて、正しい(らしい)表記のCaratacusですね。

2019083102.jpg
DSさんと思われる(中央の長髪のかつらと豹の毛皮をまとっている)方の写っている写真もあり。

こちらについては、また後日もう少し資料を読んだり、関連事項を調べてから
またここにでもメモできればと思っています。

そして、DSさんの長男さん、
マシューの「エンジニアだったけれども、アマチュアの劇団の演出をしていた」
お祖父さんだと思われる方に関する記事も、British Newspaper Archiveで見つけました。

まだDSさんがご存命の頃でしたが、
イングランド中部の街で、地元の劇団が地元の演劇祭のようなものに出場し、
2位を獲得した、というようなもの。

プロデューサーとしてコメントをされていましたが、
おそらく演出もされていたようです。
このあたりは、劇団のことや、お芝居のことをもう少し調べてから
また機会があれば書きたいな、と。

そして、マシューのお母さんですが、
あくまでまだその可能性が高い、という段階ではありますが、面白いものが見つかりました。

「モース警部」シリーズの原作者、コリン・デクスターさんは
グラマースクールの教師をやっていたことがあるらしいのですが、
その時に学校で発行している雑誌に、学校演劇の劇評を書いていたのが見つかった、と
モースのファンサイトに全文が掲載されていたのを読んだら、
それで主演をやっていた女生徒の名前がマシューのお母さんと全く同じ
(だから検索で引っかかったのですが)。

グラマースクールの名前を見ると、イングランド中部の街
(上記のお祖父さんと思われる方が演出していた劇団のある街+
お父さん方のご両親が晩年住んでおられた街で、
例のお父さんの出身地でお母さん方の家族が住んでいたところの隣街)で、
劇評が書かれたという年を見ると、ちょうどマシューのお母さんが18歳くらいの頃…。
これは、おそらくほぼほぼマシューのお母さんのことで間違いないのでは、と思っております。

某所でこのお芝居に出られた別の方のお写真は見たのですが、
マシューのお母さんもどこかにいたりするのかな…とかも。

この件も、もう少しどこかで調べられたら調べたいな、
と思っているところだったりします。

と、いうわけで?その息子、デイヴィッド・マシュー少年は
オーカムスクールの演劇コースを出たあと、RADAへ進みます。
British Newspaper Archiveには、RADAの卒業公演のレビュー記事もあったりで、
このあたりは、また改めてメモできたらと考えています。

そして、その後、プロの役者になるわけですが、
お母さんはもちろん、お祖父さんも嬉しかったかな、とか。

お父さん方のお祖父さんはマシューが子供の頃、
お祖母さんはプロになってすぐに亡くなってしまいますが、
例のインタビューの際には、パーティの主役であったお母さん方のお祖母さんはもちろん、
お祖父さんもご健在で、マシューがNTでハル王子を演じた際にもご存命だったようなので、
きっとものすごく喜ばれたのではないかな、なんて考えています。

そして、お祖母さんは私がマシューのファンになる前年くらいまでご存命だったようで、
もしかして、マシューがフィリップを演じたのは、一度ちょっとこれは…な聖職者を演じて
お祖母さんをがっかりさせちゃった、とかで、ヒーロー的な聖職者がやりたくなったのかな?とか
ただただ妄想でしかないのですが、思ったりもしてしまいました。
何度も言いますが、もちろんフィリップはカトリックの修道士なので、
お母さん方の両曾祖父さんのようなプロテスタントの牧師さんとは全然違いますが…。

しかし、昔のカトリックの修道士に近いのはむしろカルヴァン派、
とも言われたりしていたようだというのも読んだ気がするので、
あながち間違ってないかも?(いやそんなことはいですね、はい)

ちなみに、DSさんは演説や説教が得意だったようですが、
フィリップは説教が結構苦手だという設定だったな、とか
どうでも良いことも思い出してみたり…(笑)


…というわけで、DSさん調査の段階でわかった
DSさん「関連」のことを書いてきましたが、
ひとまず、このあとは以前書いてきたこと、そして以下の「要調査案件」について、
調べたりまとめたりしていきたいと思っています。

【要調査案件】
・再建後から今日までのJewinと、ウェールズ長老派について
 DSさんが大事にしてこられたものだと思うので。

・DSさんのお子さんたちについて
 一応、もうお二人も特定できれば

・DSさんの長男さんについて
 有名で立派なお父さんを持ち、しかも例のDSさんの弟さんと同じ名を付けられたという背景を持つのって
 けっこう大変だと思ってしまうのですが…。
 そのあたりもですが、主にどういう演劇活動をされていたのかな、
 とやっぱりマシューファンとしてはそちらが気になるところです。

・もうひとりの牧師である曾祖父さんについて
 つまりはマシューのお母さんのお母さんのお父さんですね。
 どういう牧師さんだったのか、とかDSさんとの接点が本当にあるのかないのか、とか。

・マシューのお母さんについて
 本当に例の劇評の女生徒がマシューのお母さんだったのか、
 他に演劇関連の活動の記録がどこかに残っていないのか、というあたり。

・マシュー・マクファディンについて
 これは、いつもやっていることですが(笑)
 やはり俳優としての彼のお仕事や、それに関わることについて知りたいな、と思っていますが、
 それを形作った、オーカム時代やRADA時代の主に演劇関連のことについてが特に気になるところです。

他にも諸々諸々ですが(色々書こうと思っていたことを書き忘れている気もする)、
DSさん関連を始め、お父さん方含めてマシューのご先祖様などのことをちょっと調べてみたら、
マシューから受ける印象とは違うところ(主に教会と深く関わっている方が多くいたということ)もありましたが、
なんとなく、俳優としてのマシューのお仕事や演技の感じ、彼自身のなんとなく地に足がついた感じは、
やはり彼の家族・家系も深く関わっているのかな、ということを感じました。
なんというか、結構「堅い」職業の方が多い印象ですし
(だからこそお父さんに俳優業について色々言われるのもわかる気も・笑)。

ということで、またぼちぼちわかってきたことなどをここにもまとめたりしたいなと考えていますが、
そういえば、まだ例のアンケート絶賛受付中ですので、まだ答えてなかったけど、
答えてやってもいいか、という方はお願いいたします!

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その4 ~牧師生活、そしてマシューとつながった!~

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」のフィリップ役をきっかけに
だいぶ後発でマシュー・マクファディンのファンになってから約8年。
2019年4月末頃に今更ながら2001年5月7日付の"Perfect Strangers"関連のインタビューを読み、
マシューのお母さん方の曾祖父さん、デイヴィッド・サミュエル・オーウェン(David Samuel Owen)さん、
通称DSオーウェン(D.S. Owen)さんの存在を知り、個人的に気になる存在だったので、
ちょっと色々と調べてみたくなり、ドツボにはまっている現在です…。

ということで、今までの流れ?は、以下のエントリに書いたとおり。

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その2 ~ご先祖様の探し方~

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その3 ~牧師さんになるまで~

と、いうわけで主に昔の新聞記事、国勢調査からDSさんが牧師になるまでのことがなんとなくつかめてきて、
それに伴い、さらに調べたいことが増えましたが、調査はまた徐々にしているところなので、
時系列的にその後、DSさんが牧師さんになってからのことでわかってきたことは以下のような感じ。

【牧師生活とほぼ同時に家長としての生活もスタート】

と、いうわけで、神学校卒業後の1913年9月、
晴れて(?)南ウェールズのLlanelliという街にある、
Silohという教会の牧師(Minister)となったDSさんですが、
同年11月に、弟さんの葬儀にも出席していたGrace Jonesさんと結婚します。
(ウェールズ図書館の人名辞典では奥さんの名前がGracieになっていますが、愛称だと思います)

DSさんについて最初に調べた時にヒットしたウェールズ国立図書館の人物事典によれば、
お二人には息子2人、娘3人の計5人のお子さんがいらっしゃるとのことで、
おそらくは息子のうちのどちらかがマシューのお祖父さんだろうという予想。

OWEN, DAVID SAMUEL (1887 - 1959), minister (Presb.) by G. M. Roberts on Dictionary of Welsh Biography

しかし、色々調べているうちに、オーウェンさんとオーウェンさんが結婚するのも
よくあることだということがわかり(よくある姓なので)、
お祖母さん説も捨てきれてはいないと思いつつも、DSさんを知ったきっかけのインタビューで、
マシューがお祖母さんは中部ウェールズ出身だと言っていたことから、
DSさんもその奥さんも北ウェールズ出身、南ウェールズの教会牧師を経て、
ロンドンの教会の牧師になっているため、
このお祖母さんがDSさんの娘さんとは考えにくいと思っていました。

しかし、そもそもお祖母さんのお誕生日パーティの話題から、
なんでDSさんの話になったの?とは思ったりでしたが、
まあ、ウェールズの新聞だし、ご先祖様全体の話で、マクファディン家の方の話もしているしな、
という感じだったのですが、もしかして、というのはまた後ほど…。

で、とにかくオーウェンさん (男性) とジョーンズさん (女性) のお子さんで
そのくらいの年代の人を探せば良いのかというところですが、
オーウェンさん(男性)とジョーンズさん(女性)のカップルが多すぎて無理…、
と思っていたところ、ある記事が引っかかり、そこにお子さんたちのお名前が書いてありました。

その記事とは、時系列的にはだいぶあとにはなりますが、
DSさんの奥さんの死亡記事で、亡くなった日付と場所、葬儀についての告知などが書いてあり、
そこに、DSさんのお名前と、お子さんたちのお名前も掲載されていたのです。

娘、息子、娘、娘、息子の順で名前が書いてあったので、
おそらく年上のお子さんから順に名前が書いてあるのだろうということで、
DSさんの結婚された年などなどから考えて、上の息子さんがマシューのお祖父さんかなと思いつつ、
なんとなくそのまま調査をすすめることに…。

色々紆余曲折?ありましたが、ひとまず長女の方は最近なんとなく特定できました。
(この方もオーウェンさんと結婚してオーウェン姓に…)

長女の方は、DSさんが牧師さんとして最初に赴任したLlanelliで誕生していました。
なお、"City Mission"の著者であるヒュー・エドワーズ(Huw Edwards)さんの出身地も
こことのことで、なんとなく面白いつながりを感じるのはおそらく私だけ…。

【Jewinの牧師に】
DSさんは長女が誕生した年である1915年に
ロンドンのJewin Chapelの牧師にならないかと打診を受けます。

DSさんの前任者であるJEデイヴィス(J.E. Davies)さんは、
Jewinの牧師さんになる前、Silohの牧師さんだったとのことで、
彼がJewinをやめ、Llanelliに帰ってくることになったからのよう??

DSさんがJewinからのオファーを受けたという記事に、
Llanelliに来てたった18ヶ月でJewinからオファーが来ちゃったよ、
よくやってくれてるのに、彼がオファーを受けちゃったらどうしよう、
という論調のものがあって、それだけ牧師にふさわしく、
精力的で人を惹きつける力もある人だったんだろうなぁ、となんとなく。

で、"City Mission"にはロンドンの教会は時期全部閉まるから
行かないほうが良いよと言われたりだったとも書いてありましたが、
結局そのオファーを受け、その後亡くなるまで
ロンドンで最も古く、また最大のウェールズ非国教会である、
Jewin Chapelの牧師(Minister)を務めることになります。

教会内に限らず、色々と活躍されていたようですが、
ひとまず、今わかっている段階でのことは、また後ほど…。

【マシューとDSさん、繋がる!】
DSさんがJewinの牧師さんになって1年半後くらいに今度は長男が誕生しますが、
結論から言えば?この方こそ、やはりマシューのお祖父さんでした!
(調査の時系列としては長女よりも先に、長男を特定できました。)

先程書いた、DSさんの奥様の死亡記事でお名前がわかり、
長男の方ではないかなとなんとなく思っていたのですが、
実はこの方、お名前がDSさんの亡くなられた弟さんと一緒…なので、
おそらく、DSさんが弟さんからお名前をつけられたのではと思います。
お葬式に関する記事などから、DSさんの奥様も弟さんのことは知っていたと思いますし。

そのあたりについてはまた書くとして…。

つまりは、ウェールズで有名な詩人の方とも同姓同名ということになり、
当然、ウェールズには同姓同名の方が結構いらっしゃいまして…。

色々と目星をつけつつ、かなり絞り込めたのは1939 Registerです。
この中で、生まれ年や職業から2名ほどに絞り込めました。
(1名はエンジニアと言える職業=機関車製図工、もう1名はおそらくバンガー大の学生)

そのうちの一人は、生まれ年から、おそらく生まれがロンドンのハックニーである
オーウェンさん(男性)とジョーンズさん(女性)の息子である人と
同一人物であろうというという仮説が立てられました。

で、1939 Registerのデータには生年月日が書いてあるのですが、
新聞記事検索をしていたところ、DSさんと思われる方の息子さんの誕生を知らせる記事が引っかかりました。
そこに書かれた誕生日、誕生地から、目星をつけていたうちのロンドン生まれの方に絞り込み、
これでほぼ、DSさんがマシューの曾祖父さんであると確定できたようなもの。

その後、待ちに待ったマシューのお母さんの出生証明が届き、
そのお父さんのお名前がDSさんの弟さんと同じお名前、
職業は、機関車ではなくアルミ製品には変わっていましたが、製図工ということで
つまり今まで仮説を立ててきた人でほぼ間違いないことが確認でき、
最終的にこの方の出生書類を取り寄せ、そのお父さんがDSさんであることが確認できました。

これでやっとDSさんとマシューの曾祖父曾孫関係が書類上で確認ができましたが、
ここまでかかった時間は2ヶ月ほどでした。
…まあ、もっとお金をかけて最速取寄せができていれば、1ヶ月位ですんだかもしれませんが…。

これらの調査の段階でわかったことで個人的に興味深いというかなことも
いくつかありましたが、それはまた後ほど…。

なお、新聞で誕生の告知が確認できているのは今のところ
このマシューのお祖父さんのみで、もしかして、ロンドンで生まれたのは彼だけで、
ウェールズの親類に知らせるため?とも思っていますが、どうでしょうか…。

【その他のお子さんは現在調査中】
ほか3名のお子さんは現在調査中で、
おそらく次女と思われる方は、なんとなく特定しかかっています。

この次女の方は"City Mission"でDSさんについての証言をされていた方の、
また、ある方面で有名な方のお母様でもあるようで、このあたりはまたいずれ。

下のお二人についてはあたりすらつけることが困難な状態ですが、
次女の方と思われる方の新聞記事に書かれていたお名前がミドルネームだったので、
もしかしたら、お二人もそうなのかな…。

【牧師DSオーウェン】
実際に牧師となったDSさんが具体的にどういうことをしていったかというのは、
現在資料を漁りつつまだ全然まとめられてないので、それは要調査案件ですが、
子どもの頃にJewinに通っていた方たちがDSさんについて言及している資料が2つほど見つかりました。

まずは、1984年に出版されたGwyneth Francis-Jonesさんによる著作"Cows, Cardis and Cockneys"。
著者はJewinのメンバーだったようで、数ページに渡り、Jewinについての記述があり、
その中ではもちろんDSさんへの言及がありました。

「とても愛され、よく知られた紳士」との記述から始まり、
"DS"の見た目について、「有名なウェールズ人俳優ヒュー・グリフィスと共通点が多い」
(黒髪で茶色の目、力強くカーブした鼻とかそのあたりとか)ということや、
体格については、「中年期の(デイヴィッド・)ロイド・ジョージに似ていた」と、そして彼とは
「卓越した演説スタイルも共有していた」とのこと。

ロイド・ジョージについては、やはり避けては通れない(色々調べないといけない)
あたりだなぁと思っています…。

また、「毎週日曜日には礼拝と説教を2回行い、それには強靭さと力強さが必要とされた」と。
日曜の礼拝については、酪農業の人が多かったために
朝の礼拝の出席者は夕方よりも少なかったという記述もありましたが、
このあたりちょっと気になっていることもあり、もう少し調べたいと思っています。

色々と、良い牧者であったことや、
「ウェールズ語での教室を開き、ウェールズ人の教会での生活(Welsh chapel life)
の社会的、文化的側面に没頭していた」ことなどが書かれていて、
「今振り返ってみると、彼はまさに特別な人だったようだ」、とも。

更に、「喜びに満ちた家、幸せな家庭の父親でもあり、
笑いじわをたたえた目をした彼の妻は、決してでしゃばることなく、誰に対しても分け隔てなく接した」と、
DSさんのことだけでなく、奥様や家庭についても回想しています。

更にその章の結びとして、1929年のDSさんによる言葉を英語に翻訳して紹介していました。
それについては、また今後調べてみてから書ければな、と思います。

もう一つは、オーラル・ヒストリーを収集していたものの中にありました。
エセックス大学の研究者が行ったインタビューの中に、
やはり子供の頃にJewinでDSさんの説教を聞いていたという方の逸話が残っていました。

・Thompson, P., University of Essex. Department of Sociology,Lummis, T.,
 University of Essex. Department of Sociology:
 "Interview with Mrs. Whitelam" in "Family Life and Work Experience Before 1918, 1870-1973" 7, UK Data Service [distributor], 2009-05-12, SN:2000, Para. 538.


1918年以前の話を色々と聞き取り、収集しているのですが、
その中で「悪さをした時に罰を与えるのは誰だったか」というような質問があり、
「それは母親だった、父親はそう言ったことはしなかった、なぜなら、
母が男性は加減がわからないので罰がきつくなりすぎることを恐れていたから」
という答えに続けて、「素晴らしいロンドンの牧師だったDSオーウェンの説教を聞いた」と、
DSさんが地方の礼拝に呼ばれた際に世話になった農家での経験、
(その家の小さな男の子に、父親に怒られるときと、母親に怒られるとき違いを聞いた)をもとに、
力と抑制を伴う神の愛を母の愛に譬えて語った、というようなことが語られています。

こうしてみていると、やはりDSさんは良い意味で印象深く、愛される牧師さんだったのだな、と。

で、その説教についてですが、当時としてはどうなのかはわからないのですが、
「カルヴァン主義」的に見ると少し変わっているのかな?という印象も。

というのも、私は全然キリスト教について何も知らないので、少しずつ調べているところですが、
その中でお役立ちしそうな「なんでもわかるキリスト教大事典」(八木谷 涼子著、朝日文庫)によれば、
改革派/長老派のカルヴァン主義の教会の礼拝について教会によって幅はあるという前置きのもと、
「感性に訴える要素はほとんどな」い、また、
「絶対的な神の栄光と権威ばかりが強調され、神の愛を語ることが少ない」とのことで、
DSさんの説教は、カルヴァン派の中ではどちらかといえば
誰にでもわかりやすいような感じだったのかな?と(だから人気があったのかもしれません)。

また、同書には「改革派の礼拝は、とにかく説教が長い。
(中略)説教の内容は概して知的に洗練されていて、
学校の講義を聞いているような気分にさせられることもある。」という記述もあり
"City Mission"で、ご両親がDSさんのことを「深く尊敬していた」という方が、
DSさんが亡くなったあと、後任としてJewinの牧師になったElfed G. Williamsさんについて、
以下のように語っています。

「彼(ウィリアムズ牧師)に会った人には一見そうとはわからないが、
彼は説教をする際にはとてもアカデミックだった。
彼の説教はとても長くてだいたい40分位かかり、
「火と硫黄(地獄の責め苦、天罰を意味する言葉)」ではなく、思慮深いスタイルだった。」

上記のとおりであれば、
ウィリアムズさんはとてもカルヴァン派らしい説教をしていたようなので、
彼女がDSさんのころのことは小さくて覚えていなかったのか、
もしくはDSさんと比較していっているのかはわかりませんが、
もしも後者であれば、やはりDSさんの説教はちょっと特種だったのかも?と
(もちろん、DSさんご自身はアカデミックな方だったとは思いますが)。

このあたりももう少しなにか残っていないか探してみたいと思っています。

【その後見つけたDSさんのお写真】
DSさんに関する最初のエントリで、若い頃のお写真と、
崩れた教会で結婚式を執り行うDSさんの後ろ姿の画像を貼り付けましたが、
その後別のお写真をぼちぼち見つけました。

そのうち、JewinのFBアカウントに上がっていたものを貼り付けます。

1933年ロンドンのウェールズ長老派教会の牧師たち。前列一番左がDSさん。

口元が、曾孫もよくやる下唇をちょっと噛んでいる感じで繋がりを感じるかも(笑)

爆撃により被害を受けたJewinでの結婚式。以前も貼り付けたのと同じ写真です。


別のカップルの結婚式。


右から2番目がDSさん。


歴代のJewin牧師。DSさんは左下。

右下が、がDSさんの次のJewinの牧師を務めたElfed G. Williamsさん。
この方の在任期間も30年ほどと長かったとのこと。

もう少しお年を召されたElfed G. Williamsさん(右から2番目)。


「なんでもわかるキリスト教大事典」には、
最近は(牧師とわかるカラーを付けるなど、それとわかるような服装ではなく)
普通の服装の牧師さんも多い、と書かれていましたが、
一番上の1933年の写真を見るとDSさんを含め約半数が「普通の服」という感じですね。

また、DSさんは結婚式のときも普通の服装をしているので、
あまり「牧師らしい」服装はしない方だったのでしょうか。


…というわけで、牧師さんになってからのことをほんの一部だけ、という感じですが。
まだまとめられていないのですが、教会内外で色々なイベントに関わっていたり、
在ロンドンウェールズ人会的なものにももちろん関わっていたりと言う感じで、
実際にはこのあたりのことがDSさん調査としてはいちばん大事なのかなというところもあり、
今後もぼちぼちとという感じです。

また、DSさんの子孫たち(のうちの超一部ですが)のことや、
DSさん亡き後のことなどはまた今後のエントリにて一度現在までの状況をまとめるとして…。

今回書いていったあたりでも
色々とどうなってるの?と気になるところが出てきました。


【要調査案件】

・カルヴァン派メソディスト/ウェールズ長老派とは
 そもそも、カルヴァン派メソディスト/ウェールズ長老派とはどういった宗派(?)なのか、
 というか、キリスト教自体が全然わからない!!!!ということで、
 いちばん大事なところがすっぽり抜けているのでちまちまと調べているところです。
 しかし、本当に基本の基本からだし、こういうことを理解したりできる気がしない…。

 キリスト教とは無縁の環境で育ってこういうことをちゃんと調べたり
 理解できる人ってすごいなぁというか、どこから始めているんだろう…と気になります…。

 あと、長老派というと、日本では(それ以外でも多分)スコットランドやアメリカの、
 という感じで、それに関しての資料は日本語でもたくさんありそうなのですが、
 ウェールズのは少し成り立ちが違いそうなので、日本語の文献はおそらく期待できないかな~とか、
 ウェールズの宗教史となると、元々数が少ない上に聖公会(国教会)系ばかりなようなので、
 日本語ですら意味がわからないのに、英語、まだそれでもマシで
 ウェールズ語の資料まで行かないといけないかもしれないということで涙目です…。
 まあ、そりゃそうだろ、という感じではありますが…。

・DSさんの説教や演説
 説教、演説がうまかったとのことで、どこかにその記録が残っていないかな、と。
 今回のエントリに書いたような、内容に関するものももちろんなのですが、
 やはり、音声や映像で残っていないかが気になります。
 マシューのファンとしては、声も似ているところがあるのか、全く違うのか聞いてみたい気がしますし…(笑)
 でも、ウェールズ語だと声が似ていても気づかないかも??

・教会内外での具体的な活動
 上にも書きましたが、いちばん重要なところではありますが、 今のところほとんど調べられていません。
 資料は残っているはずですので、ぼちぼちと…。

・デイヴィッド・ロイド・ジョージ
 上に書いた証言に、DSさんの演説スタイルは
 デイヴィッド・ロイド・ジョージ(David Lloyd George)さんタイプだった
 とありましたが、かなりの演説上手で有名だったとのことです。
 
 彼の演説については流石に首相を務めた方でもありますし、
 ネット上でも演説を聞いたりできるようです。

 で、DSさんの年代では特に彼抜きにはウェールズは語れない…ようですし、
 北ウェールズ出身でロンドンで活躍していた非国教会の牧師であるDSさんとは
 おそらく面識も有ったのではということでそのあたりも…。
 (そもそもDSさんが大学生のころにはすでに会っていたような気も)

 ということで、政治方面のことも色々と調べないとな~というあたりもあり…。
 まあ、でも時代的にも分野的にも「リッパー・ストリート」や「戦火の馬」とも
 関わってくると思うので…という感じですね…。

・デイヴィッド・マーティン・ロイドジョンズ
 同時代(少し下ですが)のウェールズの宗教家としてすごく有名な人に
 デイヴィッド・マーティン・ロイドジョンズ(David Martyn Lloyd-Jones)
 という方がいるということで、DSさんもなにかの集まりなどで面識はあったようです
 (まあ、在ロンドンのウェールズ人の牧師同士だから面識くらいはあるよな流石に)。

 実際はどうだかわかりませんが、
 なんとなくDSさんとは結構考え方が違う方だったのかなという印象で、
 もし同じ場での発言についての記録があれば、と思っていますが、
 ロイドジョンズさんが出てきちゃうと、彼一人の記事になってしまうので難しいかな、うーむ…。

 上記のようなDSさんとの関わりはともかく、
 ロイドジョンズさんの事自体は日本語の資料も多そうなのでぼちぼち…。


他にももちろん諸々ありますが、まだまだ疑問点というか、
どこを調べたいというあたりもまとまらないというか…。

なお、上記のことなどについて情報をお持ちの方、こういう資料がいいよとご存知の方は
教えていただけると大変に助かります!

と、いうわけで次回はDSさんの子孫(というか)や、DSさん亡き後のことについて少し、
マシューに近づいてきたり、そうでもなかったりなネタを書きたいと思います。
(その前におそらくSuccessionネタが入るかとは思いますが)

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その3 ~牧師さんになるまで~

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」のフィリップ役をきっかけに
だいぶ後発でマシュー・マクファディンのファンになってから約8年。
2019年4月末頃に今更ながら2001年5月7日付の"Perfect Strangers"関連のインタビューを読み、
マシューのお母さん方の曾祖父さん、デイヴィッド・サミュエル・オーウェン(David Samuel Owen)さん、
通称DSオーウェン(D.S. Owen)さんの存在を知り、個人的に気になる存在だったので、
ちょっと色々と調べてみたくなり、ドツボにはまっている現在です…。

ということで、今までの流れ?は、以下のエントリに書いたとおり。

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その2 ~ご先祖様の探し方~

と、いうわけで、各種書類を取り寄せつつ、
ひとまずはオンラインのデータベース
主に先日のエントリにも書いた以下の無料、有料の各新聞のアーカイヴで
色々とワードを変えてみたりしつつ、DSさんについて書かれた記事がないかを
検索してみました。

Welsh Newspapers Online - The National Library of Wales/
 Papurau Newydd Cymru Arlein - Llyfrgell Genedlaethol Cymru

 →ウェールズ国立図書館内の新聞デジタルアーカイヴ(オープンアクセス)

British Newspaper Archive
 →イギリスの新聞デジタルアーカイヴ(記事検索は無料、記事閲覧は有料)

前回書いたような、礼拝(?)に関するお知らせの他、
DSさんに言及する記事や、DSさんに関する記事が結構な数ヒットして、
現在ちゃんと整理できておらず、年代別、ジャンル別等にきちんと整理しなければ…と思っている状態ですが、
ひとまず、わかってきたこと、また、気になってきたことは以下のような感じ。

とりあえず、書類が届いた順番、記事を見つけた順番等は無視して、
年代順(というか)で並べて、ひとまず牧師さんになるところまで。

【DSさんは子供の頃から、地元ではちょっとした有名人だった】
ウェールズ文化を語る上で欠かすことのできない、
Eisteddfod(ウェールズ語で、音楽・文化・演劇の祭典の意味)というイベントのうち、
最大規模で国民的行事であるNational Eisteddfodの、朗唱(recitation)部門(おそらく16歳以下?)で、
12歳と14歳の時に優勝しているため、そういった紹介をされているのをよく目にします。
National Eisteddfod以外だと、もっと早くに優勝しているものもあるようでした。

【説教師や牧師になるべくしてなった?】
上記のように、朗唱に長けていたDSさん。
12歳でNational Eisteddfodに優勝した時のものを始め、
複数の記事で、「よく訓練された声」とか「明瞭な声」とか書かれていたり、
彼の朗唱が、大変人の心をつかむものだったと書かれています。

後年、その説教が魅力的であったという評価を受けていたということは、
この頃からもうその素地があったということかな、と。

そもそも、DSさんが朗唱を始めたのはご両親の影響で、
幼い頃から教会で朗唱をしたり(ある新聞記事によれば、3歳頃から人前で朗唱をしていたとのこと)、
歌を歌ったり、イベントに積極的に参加していたようで(まあ最初は「させられていた」でしょうが)、
学生時代に説教を始めたのも、子供の頃から通っていた教会のようです。

なお、DSさんの叔父さんにあたる方も牧師さんだったようで
(なぜその事がわかったかというのは後述)、
記録によれば、DSさんの結婚式はこの叔父さんが執り行った模様。

【主演を務めた舞台"Caractacus"】
DSさんの出生地はRuthinで、その後Colwyn Bayに引っ越しますが、
RuthinやColwyn BayのそばのAbergeleの小学校に通った後、
Abergele County Schoolという学校に進学し、
1904年、16〜7歳頃にその学校で行われた"Caractacus"
という学校演劇でタイトルロールを演じます。

このお芝居はウェールズでは通常"Caradog"と呼ばれる、
ローマ時代のウェールズの英雄を題材にしており、
ウェールズ語で書かれたお芝居でした。

このお芝居は地元でなかなか話題になっていたようで、
リハーサルの様子を取材されていたり、
実際に上演された際には、高評価を受けて再演もされたようです
(ウェールズ語と英語、両方のバージョンの上演が有ったよう)。

まだじっくり整理して読めていないのですが、
評としては、素人でもこんなお芝居ができるんだね!というような
内容のものが多く、DSさんの演技についても、もちろん褒めちぎっていたり。

で、これをきっかけにウェールズ語を使う学校(このあたりはまた後述)や、
アマチュア演劇界でCaradogのオペレッタを大流行させた、とか、
また、ウェールズが地元の政治家デイヴィッド・ロイド=ジョージとも関連付けて
ウェールズの若者の第一次世界大戦時の志願についてを
結びつけるようなことを書いている研究者がいたりで、
このあたりももっとちゃんと調べたいと大変気になっているところです。

Beriah Gwynfe Evans & the Welsh Caractacus 1904 - The People’s History of Classics

Lloyd George, Roman Britain, and Wales in WW1 - The Edithorial

どちらも同じ方、Edith Hall さんという方が書かれたものだと思いますが、
この方が下の方の記事にも掲載していた"Caractacusのプロダクションフォトを
Twitter上にもアップしてくださっていました。



なお、現在、この学者さんが一部アップしていたのと同じであろう、
とっても貴重な資料と思われるものを取寄中で、近日中に手元に届くことになっているため、
この内容いかんによっては、もっとこのお芝居のことを知れるのでは、と期待しています。
学者さんがアップしているプロダクションフォトは
おそらく場面的に残念ながらDSさんは写ってなさそうなのですが、
DSさんが写っている写真が残っていないものだろうか…とも
(でも私が注文?した時のサンプルもこの写真だけだったしないのかな~)。

【弟さんの存在】
先日のエントリにも書きましたが、10年に一度行われる国勢調査(Census)の内容は、
100年以上経つとその全てが公開されるようで現在、1911年実施分までを見ることができます。

それを見ると、DSさんは二人兄弟で、2歳違いの弟さんがいることがわかりました。
この弟さん、お名前がウェールズでは有名らしい、詩人の方と全く一緒なので、
それもまた調査する上でめんどくさいことこの上ないのですが、まあ、それはおいておいて…。

この弟さん、上に書いた"Caractacus"にも出演しており(おそらく当時14歳くらい)、
タイトルロール(ヒーロー)を演じたお兄さんに対して、「裏切り者」の役を演じ、
彼の演技もまた高評価だったようです(役としてはこういう方が面白そうな・笑)

で、今は知らないのですが、当時は地元の新聞に、
こういう子がこういうテストでこういう成績をとって、
こういう奨学金をもらった、とかそんな記事が結構あり、DSさんもこの弟さんも、
地元ではなかなか優秀で、将来を嘱望されていたのだろうな、という印象を受けました。

国勢調査を見ると、1891年には4歳のDSさんはウェールズ語のみを話し、
2歳(誕生日が年の遅め)の弟さんはまだ言語調査対象外だったのが、
1901年には14歳と12歳の少年になっており、
ウェールズ語と英語の両方を話すようになっているのがわかります。

1911年には、DSさんは下宿をしていたため、
はじめはご実家の記録を見ていなかったのですが、
"Caractacus"関連の記事やらなにやらを見て弟さんのことも気になってきて、
そういえば、この年まだ弟さんはご実家にいるのか、と思って調べてみると、
その名前はなく、はじめは大学にでも行っているのだろうと思っていました。

…ところが、もう少し調べていくと、この弟さんの訃報記事がいくつか見つかりました。
1907年、たった17歳の若さで病気で亡くなっていたのでした…。

段階を踏みつつ、記録書類を取り寄せたりしていましたが、
この弟さんの死亡記録を取り寄せたところ、DSさんが臨終に立ち会い、
届け出をしていることもわかり、この頃、DSさんは大学生ではありましたが、
説教などはすでにしていたようなので、当然といったら当然なのかもしれませんが…、
なんとも切ない気持ちに…。

ウェールズ語で書かれた新聞には、DSさんの弟さんの
最後の日々の様子や、コメントなどが書かれているものもありました
(ウェールズ語をgoogle翻訳したので、内容があっているかは不明ですが)。

もしかしたら、本気で牧師になろうと決心したのは、
この事があったことも関係しているのかな?とも思ったりですが、
あまり関係ないのでしょうかね…。

なお、弟さんの葬儀に関する記事に、
上の方で書いた、叔父さんのお名前と、彼が牧師である旨が書かれていました。

また、後のDSさんの奥さん(マシューの曾祖母さん)のお名前もあり、
地元や教会での知り合いだったのかな?と思ったりしました。
DSさんの結婚の書類と、弟さんの葬儀の記事から察するに、
おそらく、弟さんのお墓に植えるお花などをセッティングしたのは、
どうもDSさんの奥様のお父さん(マシューの高祖父さん)のようでした
(植木屋さんというか、園芸屋さんだったようで、この方もまた職人系…)。

【大学でも有名人】
Abergele County Schoolを卒業後、DSさんは
University College, Bangor(ウェールズ大学バンガー校、現在のバンガー大学)に進学し、
歴史学の学位(B.A.)を取得し、ウェールズ語のコースにも在籍していたようです。

在学中には、おそらく大学の学位授与式?で、通常は大学職員が行う宣言?を行ったとのこと。
これはウェールズ語でやるという慣習があり、DSさんはNational Eisteddfodの
朗唱部門で複数回優勝経験が有ったからかもしれません。

このことを書いた記事には「大学で最も知られている学生の一人」とも書いてありました。

ちなみに、この式の最中、学生たちのヤジというか冷やかしがすごかったらしくて、
今でもイギリスの学生さんってこんな感じ?もしくは当時だからなのでしょうか???

【いわゆる文化系の才能だけじゃない!】
朗唱を得意として、お勉強(主に歴史とウェールズ語が得意だったよう)の方も
なかなかに優秀だった様子のDSさん。
実はスポーツマンでも有ったようです。

DSさん調査の段階で一番最初に手に入れた資料でもある
Huw Edwardsさんの"City Mission"の中で、
Jewin Chapelの長老であるDSさんのお孫さんの一人
(マシューのお母さんのいとこと思われる方)が、
DSさんは若い頃、サッカーをしていて、歳を重ねたあとはゴルフをプレーしていた、
というような証言をしていましたが、昔の新聞記事にもその痕跡がありました。

Abergele County Schoolや大学時代に出場した
クリケットやサッカーの試合結果が新聞に結構載っていたりで、
クリケットについてはスコアの見方すらわからないので
活躍しているかどうかもわからないのですが…(笑)

サッカーについては、大学のチームに加え、
所属リーグ(?)の東西対抗戦的なものの選抜チームでも
キャプテンを務めるような感じだったようです。
ポジションはバックス(フルバック)で、選手としても良い選手だった模様。

ある時期、インフルにかかって試合を欠場していたのが
チームの戦績を左右したような記事が出ていましたが、
時期的に弟さんが亡くなった頃だったので、
欠場の理由はインフルエンザではないのでは…と思ったりしましたが。

なお、彼がいなくなってチーム的に痛い…
という感じで、 Aberystwyth Theological Collegeという神学校に
行くということが書かれている記事もありました。

そして、神学校のサッカーチームでも活躍していたようですが、
入った年の12月に対戦相手から、DSさん含む数人の選手が
規則に則った選手登録をされていないという抗議を受けた、
という記事を最後にサッカーに関する記事がなくなっているので、
これで選手をやめざるを得なくなったのかな?と思っています。
もしかしたら、大学出てから神学校へ行っているので、プレーの年数とかそういうのでしょうか?

それにしても、ウェールズといえばラグビーと思っていましたが、
それは最近のこととか、南部中心とかあるのでしょうか。

そのあたりも気になってしまいました。

2019年8月18日追記編集:
以下項目は記録を確認したらちょっと前後していたので修正します。

【いよいよ牧師に】
1913年、DSさんは神学校卒業前に来ていた依頼により、
卒業後の9月に南ウェールズのLlanelliという街にある、
Silohという教会の牧師(Minister)になります。

SILOH CHAPEL (WELSH CALVINISTIC METHODIST), LAKEFIELD ROAD, LLANELLI - Coflein of National Monuments Record of Wales



追記編集ここまで

…というわけで、いよいよDSさんは牧師になるわけですが、
それはまた続きで別エントリとしてメモしたいと思います。


そんなわけで、牧師さんになるまでのDSさんも十分に興味深く、
また、色々とどうなってるの?と気になるところが出てきました。

【要調査案件】
・Eisteddfodについて
 これは、DSさんが牧師になってからもずっとついてまわる事柄です。
 ウェールズにとって、特にDSさんが生まれ、亡くなるまでの間、
 どういう位置づけだったのか、というあたりが気になります。
 宗教的な観点からも気になっていることも多々あり…。

・朗唱とは
 DSさんに関しては、ほぼ上記に関わってくることですが。

・ウェールズ語と教育について
 こちらも上に関わってくることです。
 気になるのが、DSさんはもともと家庭でウェールズ語を話し、
 ウェールズ語で朗唱を行い、 学校へ行くようになって英語もしゃべるようになりますが、
 日曜学校はもちろんのこと、通常の学校でもウェールズ語の芝居をしたり、大学でウェールズ語を専攻、
 また、大学の学位授与式の宣言がウェールズ語でされていたという事が多く書いてあるので、
 この頃はウェールズ語復興運動が盛んな頃だと思っていました。
 
 しかし、日本語の資料などを読むと、DSさんが学校教育を受けているときは、まさに
 ウェールズ語が弾圧されていた頃真っ只中、という印象を受けるので、
 自分が記事を読んで感じたこととの違いに混乱しているところです。

 ただ、日本語で書かれたウェールズの資料は数が大変に少なく、
 主に南ウェールズのことが書かれていたり、どうも年代がはっきりしない箇所があるので、
 もう少し調べて見る必要があると思っていますが、どこから手を付けようか…。

・成績や奨学金などについて
 これも教育に関わってきますが、正直私は現在のものでも、イギリスの教育制度が全然わかりません。
 DSさんの時代と今が違うかもわからないわけですが、とりあえず、新聞の記事に書かれていることは
 具体的にどういうことなのか(DSさんや弟さんの成績というかはどんなものか)と
 いうものをちょっと調べてみたいな、と。
 もちろん、大学のことや、神学校のことも気になっており、調べられればと思っていますが…。
 と、いうか、どこかにDSさんが書いた論文とか残ってないものだろうか。

・"Caractacus"について
 上の方にも書いたとおり、このお芝居自体も気になっていますし
 (なんせマシューの曾祖父さんが主演したもので、話題になったというものですから!)、
 題材になったあたりのことも全く知らないので、知りたいと思っています。
 
 特にお芝居については、先程も書いた資料が早く届かないかな、と思っていたり、
 あと、リハーサル風景の取材記事で内容は大体わかるのですが、
 どこかにスクリプトが有ったりしないか探しています。

・教会での活動などについて
 牧師さんになる前、小さい頃からかなり教会の行事に参加し、
 弟さん共々なかなか大きな役割も担っていた感じだったり、神学校へ行く前から
 説教?を行っていたりのようで、このあたりも気になっています。
 
 ちなみに、遡れた範囲でオーウェン家はずっとカルヴァン派メソジスト(今のウェールズ長老派)の
 教会のメンバーのようで、そのことが何を意味するのかしないのかも気になっています。

・職人さんというあたりも
 ウェールズ人=酪農業というイメージが有るようですが、
 オーウェン家はずっと職人系の仕事をしていたようなので、
 このあたりも何を意味するのかしないのか…とか。

・スポーツのことも
 スポーツ関連の記事もきっちりまとめてどういう選手だったのかをまとめたい…(笑)
 あと、ウェールズでサッカーをするというのはどういう位置づけ?か、とか、
 サッカーやクリケットのルールなどが今とどう違うのか違わないのか、というあたりも気になります。

・ウェールズリバイバル
 DSさんが大学生の頃に、ウェールズ南部で「大ウェールズ・リバイバル」と言われる
 宗教的な運動が起こっています。
 これがどういうものだったのか、また、DSさん自身になにか影響したのかしなかったのか、
 というあたりも気になります。

・北ウェールズと南ウェールズ
 どうもかなり違いが有ったりのようなので、どういう違いがあるのか、など。
 上にも書いたとおり、特にこのあたりの時代については、
 日本語の文献は南ウェールズのものが多い気がして痒いところに手が届かない…。

他にももちろん諸々ありますが、それは「牧師さんになってから」のところで改めて。

なお、上記のことなどについて情報をお持ちの方、こういう資料がいいよとご存知の方は
教えていただけると大変に助かります


と、いうわけで次回はもう少し写真系が増えるかも&
DSさんとマシューはつながるか?!という感じで、続く!

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと その2 ~ご先祖様の探し方~

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」のフィリップ役をきっかけに
だいぶ後発でマシュー・マクファディンのファンになってから約8年。
2019年4月末頃に今更ながら2001年5月7日付の"Perfect Strangers"関連のインタビューを読み、
マシューのお母さん方の曾祖父さん、デイヴィッド・サミュエル・オーウェン(David Samuel Owen)さん、
通称DSオーウェン(D.S. Owen)さんの存在を知りました。

そのあたりのことは、以前以下のエントリに書いたとおりです。

マシュー・マクファディンの曾祖父、DS オーウェン牧師のこと

その後、色々調査を進めていて、その調査メモと言うかなんというかをしたいと思っていたのですが、
はっきり言ってマシューとは直接は関係なくなってきているため、このブログに書いてよいか迷っていて、
(今回のエントリは一応マシューとまだ関係があります…笑)
アンケートをさせていただいたところ、ご回答くださった方々がいらして、
ここに書くことに肯定的でしたので、今後ぼちぼち書いていきたいと思っています。
なお、アンケートはまだ絶賛受付中ですのでよろしくお願いいたします…

と、いうことで、DSさんはロンドンのバービカンにあるウェールズ長老派教会
"Jewin Chapel"の牧師(Minister)を28歳だった1915年から、1959年に72歳で亡くなるまで務め、
特に1940年に空襲によって被害を受けた教会の再建に尽力した方で、
現在でも敬意を持って言及されることがある…ということが、
BBCのキャスターとしても知られるヒュー・エドワーズ(Huw Edwards)さんの著作や、
教会の公式サイトなどでわかった、というのが前回まで。

DSさんは少なくとも当時のロンドンのウェルシュコミュニティでは有名人で、
大きい教会で牧師さんをされていたということで、何かしらの記録が残っていると思われたため、
引き続き、何か当たらないかとお名前でググってみたりしました。

そうすると、ウェールズ国立図書館のサイト上に
新聞のアーカイブページがあり、その中のいくつかの記事がヒットしました。
このアーカイブ上では、おそらく刊行から100年以上経った
ウェールズで発行された新聞を収集して公開している模様。

Welsh Newspapers Online - The National Library of Wales/
 Papurau Newydd Cymru Arlein - Llyfrgell Genedlaethol Cymru


DSさんのお名前でGoogle検索の結果としてヒットしたものの多くは、
いついつの礼拝でDSさんがサーヴィスをする、という告知がほとんど。

それでもひとまずはDSさんのお名前でヒットするということに感動しつつ、
アーカイブ内などで記事を検索してみることにしました。

そして、同時進行的にマシューとDSさんのつながりについても調査することにしました。

マシューが言っているから間違いはないだろうけども、
前回の最後辺りに書いたとおり、このインタビューの他にはあまり言及しているのを見ない
(私が見た中では"Middletown"の時に曾祖父が有名な牧師だったけども、
ゲイブリエルを演じる際の参考にはしていない、という感じで言及していたもののみ)こと、
もちろんDSさん関連方向からはマシューが曾孫であるなどという記述も見つかっていないことから、
念のため、DSさんとマシューがちゃんと曾祖父と曾孫として繋がるかどうかも
できれば記録などで確認したいということで(疑り深い奴)。

こちらに関しては、少し調べてみたところ、
イギリスでは出生、結婚、死亡の記録は公的記録として位置づけられ、
基本的には有料であり一定の条件下ではありますが、
誰でもその記録を見る(取り寄せる)ことができることがわかりました。

…うろ覚えですが、確か"family tree"か"family record"もしくは"ancestor"
+"research"+"UK"か"Wales"だかの適当なワードでGoogle検索をして
National Archiveの調べ方のページが引っかかったのがきっかけだったかと思います…。

How to look for records of... Births, marriages and deaths in England and Wales - The National Archives

具体的には、レコードインデックスナンバーと、
誕生から50年経っていない人の出生証明については
完全な誕生日、死亡については死亡した際の年齢などの情報がわかっていれば、
イングランドとウェールズに関しては、General Register Officeのサイトから、
オンラインで証明書の注文をすることができます(おそらく直接行って頼むのもOK)。

インデックスナンバーなどを調べるサイトはいくつか有ったりですが、
これを書いていると長くなるので、諸条件等とともに下のリンク等をご参照ください。

Research your family history using the General Register Office - GOV.UK

Ordering service - General Register Office(GRO)

Most customers want to know - General Register Office(GRO)

このことについて、イギリスに詳しい方や、歴史系の研究などをされている方は
ご存じの方も多いかとは思いますが、私は全く知らなかったのでびっくり、
また、本当に良いのか不安だったためにGROに
「(学術目的とは言えない)個人的興味での調査であり、自分は調査対象の家族でもなく、
ましてやイギリス人ですらないが、本当に記録を取り寄せられるか」という問い合わせをしました。

すると、良いも悪いもなく、「こうすれば取り寄せできるから、オーダー待ってるね」、
というような回答が来て、「これは…完全に在宅ストーカーでは…」と
罪悪感にかられながらも調査スタート。

各証明書に含まれている情報は、年代によっても異なりますが主に以下のような感じ。、
出生:生年月日、生まれた場所、両親の名前(母親の旧姓も含む)、
父親の職業(近年では母親の職業も)、届出人
結婚:新郎新婦の職業とそれぞれの父親の氏名、職業、
結婚をした場所とそれを取り仕切った人物、立会人、登録人
死亡:生年月日、死亡時の年齢と、職業(または親しい人物との続柄、またその両方)、届出人

上記の記録について、日本の戸籍と違いあくまで個人の記録のため、
上の世代から下の世代に下ることや、兄弟間でその存在を確認するのは難しく
(というか死亡記録以外では可能性ほぼゼロ)、
基本的には下の世代から、少しずつさかのぼっていくことになります。

自分がわかっていることと言えば、
マシューの誕生日、誕生地、マシューのご両親のお名前(お母さんの旧姓含む)、
DSさんの誕生日、死亡日、奥様のお名前(旧姓含む)、
DSさんのご両親のお名前(お母様の旧姓は不明)。

必要な手順としては、マシューのお母さんのご両親のお名前
(おそらくはマシューのお母さんのお父さんのお父さんがDSさんですが、念の為)を知るため、
マシューのお母さんの出生記録を確認→
マシューのお祖母さんの旧姓がOwenでなければ、お祖父さんの出生記録を確認→
父親がDSさんであると確認できれば完了。

…ということで、簡単そうに見えるのですが…マシューのお母さん始め、
ウェールズには同姓同名の方が非常に多くて結構大変…。

ちなみに、証明書の取り寄せには一番安くても11GBPかかるので、
ビンボー人としては、数打てばよいというわけではなく、確実に行きたい…。

とりあえずほぼ確実という記録から少しずつ取り寄せていくことにしました
(なお、マシューのフルネームが確かにDavid Matthew Macfadyenであることは
最初に取り寄せた書類のひとつと、その他で確認できました)。

書類は注文してから4営業日くらいに発送となり、
最も安くつく通常発送だとそこから10日~2週間ほどかかるということで
その間、先程書いた新聞アーカイブでDSさんに関する記事検索をする傍ら、
インデックスナンバーの情報などで、まだ取り寄せられない部分や、
他の親類についても当たりをつけていきました。

その段階で、10年ごとに行われている国勢調査(Census)については、
100年前までは内容そのまで見られることが判明し、
主にDSさんより上の世代について少しずつ分かってきました。

DSさんのお父さんは熟練指物師(joiner/journeyman)、
そのまたお父さんは棟梁(master builder)だったよう。

DSさんのお祖父さんの職業を知って、「大聖堂」的にまたニンマリする私…(笑)
DSさんはフィリップ…と思っていましたが、もしかしてむしろジョナサンか?!と(笑)
いや、もちろんDSさんは孤児でもなく、ジョナサンはウェールズ人ではないのですが(笑)
…そういえば、トムを演じたルーファスも確かウェールズ系だったな(大脱線)

そのまたお父さんのお名前や職業まではわかりましたが、
ひとまず、これ以上遡るのはツールを変えないといけないかも…ということで、
DSさんの兄弟や、おじさん、おばさんなどのお名前等を確認して、
あとは書類が届くのを待ったり、他で調査すべし…ということに。

そして、せっかくなので、マシューのお父さん方についても調べよう、ということで、
ありがたいことに、Macfadyen姓はイングランドでは珍しく、お父さんと同姓同名の人も少なかったため、
何となくこちらも伯父さん、お祖父さん、お祖母さんと当たりをつけていきました。

ちなみに、とマシューのお祖父さんとお父さんのミドルネームは同じで、
お祖父さんのお母さんの旧姓のよう。
マシューの末っ子くんと、弟さんのミドルネームが同じ「Owen」で、マシューのお母さんの旧姓だったり、
他にも同じくお母さんやお祖母さんの旧姓がミドルネームになっている例が多々有りで、
結構こういう習慣があるんだな、と初めて知りました。

お父さんの生まれた場所、そしておそらくその後もそのご両親が住んでいたであろう場所を調べてみると、
わりとオーカムの近く(多分、このあたりオーカムに行くときに通った…)。

マシューはお父さんのお仕事の関係で、ご両親が海外(インドネシア→ブラジル)にいたこともあり、
お祖父さんお祖母さんのおうちが近くということでオーカム・スクールに行ったと言っていましたが、
色んな理由から、お父さん方だったのか!とちょっと意外に思いました。

で、お祖父さん、お祖母さんの出生記録らしきものが見つからない…と思いましたが、
そういえばお祖父さん、お祖母さんはスコットランド(グラスゴー)の出身だと
マシューが言っていたのを思い出しました。

先程、イングランドとウェールズの記録はGROで取り寄せができる、と書きましたが、
スコットランドについては、行政などが完全に独立しているようで、
記録についてはNational Record of Scotlandが運営しているサイト
Scotlands Peopleで検索や記録の取り寄せの申請ができることがわかりました。

Scotlands People

また、生誕から100年以上経過している人物の記録については、
すぐにその場でオンラインでも見られる(有料)、という感じ。
(GROも 1837以降、100年以上経過した出生記録と、1957年までの死亡記録は
注文から4営業日後くらいにPDFで閲覧することが可能ですが、料金がスコットランドに比べ割高)

幸い、マシューのお父さん方のお祖父さんは100年以上前に生まれた方でしたので、
すぐに記録を見ることができました(ただし、スコットランド時代は名字がMcFadyenでした)。

更に、ありがたいことに、スコットランドの結婚証明の書類は
新郎新婦の父親だけでなく、母親の名前と旧姓も記載されていたので、
必ずしも出生証明を見る必要がなく、その上の世代に遡ることができました。

ただ、ここで行き詰まりが出てきました。
マシューも以前言っていましたが、アイルランド(北アイルランド)から移住してきた世代
(マクファディンさんたちの奥さんたちも、マクファディンさんも)がおり、
アイルランドの記録については、その大半が失われてしまっている…という…。

ひとまず、マクファディン家の方は、私が分かる範囲で一番古い方(高祖父さんのお父さん)は、
残念ながら資料が解読しきれず、何かしらの熟練工ということしかわからなかったのですが、
その息子さん、高祖父さんの職業が"Brass moulder"(の熟練工)というもので、
なんぞや?と思って調べたら、英語圏のご先祖さん調査をしている人も、
自分の祖先がこういう職業なんだけど、何?と質問したりしていました。
おそらく、真鍮型を作ったり、真鍮の細工を作ったりする職人さんのよう。

その息子さんも技術系だったり、マシューのお父さんも若い頃はエンジニアだったり、
(お父さん方のお祖父さんは事務系のお仕事だったようですが)、
お母さん方もお父さん方も技術系や専門性がある職業が多いイメージで
なんとなく、マシューの演技というか、俳優としてのあり方
(堅実な職人気質っぽさを感じるというか)
にもなにか影響してそう、とか勝手に思ったり…。

とかなんとかで、ひとまず、このあたりで今まで判明した(もしくは仮定した)
ご先祖様たちの関係がぐちゃぐちゃにならないよう、
また、どのあたりの情報が必要なのかを整理するためにも
家系図を作るのに何か良いソフト(アプリ)なんかはないかな、と思ったのですが、
日本のものは、字数や暦表記の問題で使えないものばかり、という結論に…。

同時に、そろそろ無料ではデータが探しきれなくなってきたため、
有料のデータベースにも手を出すことにしました。

欧米ではご先祖様探しが流行っているようで、
そういう人のためのデータベースがいくつかあり、
GROやNAもそれらのサービスを紹介し、一部は公的機関と提携して、
独占的に一部のデータを有料で公開していたりします。

無料、有料を含め、全てのデータを保有しているものはないのですが、
ひとまず、全て契約するわけにも行かないので(結構高いし、被る部分も多い)
公的なデータを独占で公開する契約を結んでいるサービスを契約することにしました。

このサービスには、一応家系図形式でそれぞれの関係などを足していけるので、
これで、家系図を管理しやすくなり、また、新しいデータを検索したり、
一部は記録そのものも見ることができるようになりました。
特に、国勢調査は現在1911年までのものが公開されているのですが、
1939年に第二次世界大戦のために行われた、"1939 Register"という通常と異なる調査の結果は、
生後100年経っているか、亡くなっている人のものであれば見ることができ、
大いに役に立っています(現在進行系)。

なお、このサービス内の家系図だと一画面では確認ができないため、
このデータをインポートすることにより、家系図を一画面で見たり、
オフラインで管理ができるソフトもダウンロードしてみました。

そんなわけで、このとき判明している(もしくは仮定している)
範囲で作った家系図を眺めるまでもなく、
マシューとDSさんをつなぐために最も重要で欠けたピースはずばり、
マシューのお母さんのご両親、特に、DSさんの息子さんであろう、
「エンジニアだったけど、アマチュア劇団の演出をしていた」という、マシューのお祖父さんです。

はじめはお名前すらわからずに、色々と当たりをつけていましたが、
頼んでいた書類が届くまでは仮定するのも厳しい状況だったので、とりあえず、
DSさん関連の情報を探すことに集中することにしました。

今までは主に最初の方に書いたウェールズ図書館の新聞アーカイブを中心に、
オープンアクセスの物に頼ってきましたが、このあたりもそろそろ限界が…。
ということで、「リッパー・ストリート」関連の調べ物(本物のリードさんについて)
をしている際に(まだしてますけど!)いつか契約しようと思っていた、
新聞のデータベースサイト、"British Newspaper Archive"も契約してみることにしました。

British Newspaper Archive

そんなこんなでDSさんやその周辺、また、DSさんの息子さん(マシューのお祖父さん)や
おそらくお母さんの?興味深いことが色々わかってきて、
さらに調査(?)は収拾がつかなくなっている状態で現在に至っているのでした…。

そのあたりのことについては、このエントリに書くと際限がなくなるので
(Succession S2放送開始関連でなにかない限りは)次のエントリに書きたいと思います

…というわけで、次回に続く!